自分らしく生きるためのヨガの考え方

YOGA

 先日、とある人と自分自身を比べてしまったことがありました。
 

 その人に会ったこともなく、その人のことをよく知っているわけでもない。

 でも、その人の存在や同じフィールドで仕事をしている人ということだけは知っています。
 「とても素敵な方でね…」と、チラッとお話を聞いただけです。

 ただそれだけなのに、

「私はその人よりも劣っているかもしれない。」
「私の周りからの評価はどうなんだろう」
「もっともっと頑張らなきゃ」
「私は今の状態で大丈夫なのだろうか?」


 と急に不安になりなんだか落ち込みました。

 そんな経験はないでしょうか?

 なんの根拠もなしに、私はあの人よりも下で、私なんか全然ダメで、なんだか自信がなくなってしまう。

 今回はそんな劣等感や、自己嫌悪を手放して、自分らしく生きるためのヨガの考え方についてお話しします。

自分らしさとは?

 まず「自分らしさ」とはなんでしょうか?

 自分らしさの定義はないと思いますが、私が思う自分らしさとは、
 「自分自身の日常の行いが心地よく、それに自信が持てること」
 だと思っています。
 実際に私が素敵だなと思えるの人もそんな人です。

 誰もが自分らしく生きて、自分のことを好きでいたいと思っているはずです。

 ですが暮らしの中で、突如自分に自信が持てなくなり、自分らしさを見失ってしまうこともあります。

情報による心の作用

 「自分らしさを見失うとき。」
 それはどういう時でしょうか?

 大きな例を挙げてみましょう。

 インスタグラムの投稿で、海外移住し素敵な日常を送っている人を見た時に

「ああ、なんでいつもこんなに素敵な場所で素敵な日常を送れているんだろう。羨ましい!」


 と思います。

 ですが、その写真の情報以外のことは私たちは知りません。
 もしかしたら多大な努力の末、そのような暮らしを手に入れたのかもしれません。
 涙や汗を流し、どん底に落ちた経験が過去にあっての今の暮らしなのかもしれません。

 もし、それを知ったあなたは、

「この人は素晴らしい。こんな暮らしができるのは、この人の努力があってこそだ。」



 と妬みやひがみじゃなく、その人自身を評価し、尊敬の意が生まれると思います。

 私たちの心は、今知っているだけの情報のみで動き、感情を生みます。

 時に心は、他と自分と照らし合わせてしまう。

 「私の暮らしはどうだろうか?普通の仕事をして、普通に生活をして、素敵ではないな。」

 と今まで満足していた生活が、なんだか不満に思えてきたり、自分なんか。とまで思えてきたりします。



他人と自分を比べることで苦しさを生む

 私なんか… と思うときは大抵何かと比べている時です。

 さっきのインスタグラムの例から、もっともっと心の動きを掘り下げてみると、

 「私はこの人と比べて地味で、普通の生活を送っている」
 「私の仕事や暮らしは面白くないかもしれない。輝いていない。」
 「この人のようになりたい」


 と、その人になれるように近づこうとしてみる心がどこかに生まれます。

 果たしてそれは幸せでしょうか?

 自分自身に現れている近い感情として、「苦しさ」が挙げられませんか?

 他人と自分を照らし合わせて、比較しては自分を苦しめ、傷つけるだけなのです。

 自分を苦しめているのは、画面の向こうのキラキラした人ではなく、自分自身です。自分自身の心が、自分を苦しめています。

 目の前の世界は、自分自身が作り上げているのです。

「私は一人の存在」であることに気づく

もし、そういう状況これから先の人生で起こることがあれば、ぜひ自問自答してほしいです。




「私はなぜ落ち込んでいますか?」

「あの人が羨ましいからです。」

「あの人にあなたはななることができますか?」

「できません。あなたはたった一人の存在です。誰になることもできません。」






まるでもう一人の自分があなたに問いかけるように、

「あなたは他の誰でもない唯一の存在で、同じように誰もあなたになることができないんだよ。」

と声をかけてあげましょう。

モヤモヤした心も少しつづ落ち着き、「私は一人の存在」であることに気づくはず。

暮らしの中でそれに気づいていくことは
幸せに生きるための1つのコツだと思っています。



この記事が誰かの役に立てばとても嬉しく思います*


 

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